野暮な話(2)CCDの透明感って何よ?

いわゆる「CCDの透明感ガ~」とかいうやつですね。これはCCDからCMOSへの転換期とダイナミックレンジ重視の絵作りへの変化の時期が一致したせいが大きいんじゃないかと思ってます。

トーンカーブの立てかたの差っていうんですかね。センサーの方式に由来する部分といえば低感度でのノイズが多いぐらいじゃないかと。

個人的な記憶ではCCD全盛時代に「CMOS機はノイズが多い(らしい)」とか「補色フィルターは色が悪いからやっぱり原色フィルターだよね」ってのは聞いた事がある。でもCMOSだから透明感がないってのは聞いた事がない気がする。

当時CMOSを使ってる機種自体が少なかったというだけかもしれない。しかしCANONはほとんどのデジタル一眼レフでCMOSを採用していたんである。ネットで悪口を見なかったはずがないんだよね。「DIGIC画質」「ノイズ消しすぎで葉っぱが綿菓子」とかならさんざん見た記憶があるんだけど。

自分の撮った写真フォルダを眺めていてもCCDだから常に透明感に溢れている訳でもないし、CMOSだから透明感のある写真が撮れないなんて事もない。

透明感の演出に大事なのは光の状況とどれくらいの露出をカメラに与えるかだと思うです。

 
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透明感って?

まずは透明感とは何ぞや?という事を考えたらわかるかと思う。例えばデッサンなんかで透明感をコントロールするにはコントラストが大事。透明感を下げたけりゃコントラストを下げる。透けていればいるほど通して見える物のコントラストが犠牲にならないという理屈だ。

フィルム時代に某バンダナ写真家の影響で風景写真=ベルビア+PLフィルターが大流行りした時があったが、これも空気中の水分の影響を減らしてコントラストを上げるために使ってたんだっけね。

ガラス越しサボテン

ガラス越しで透明度が下がる=コントラストが低い(これはCCDでの撮影)

高輝度部の調子が飛ばずに残るようにする→コントラストの低下により紗がかかった印象に→透明感よりも半透明・不透明感が出てしまうって感じ。低輝度部だとその逆で暗部にトーンが残っている(=暗部まで光がより届いている)ほうが黒く潰れてしまっているよりも人間の感覚的には澄んだ印象を与える。

CCD全盛時代の画作りがまさにそれ。限られたダイナミックレンジを活かすためには高輝度はあっさり飛んで低輝度に情報たっぷりなポジフィルム的画作りが有効なのだろう。

CCDからCMOSへ

でもデジタルだと相反則不軌がないから数字の上ではポジ以上のダイナミックレンジのはずなんだけど白飛びに苦しめられた。それもあってCCD末期はユーザーの側からもデジタルのダイナミックレンジの狭さを何とかしろと言う声が大きくなっていった。

CMOSはCCDよりもノイズが多いが感度設定に自由が利く。これは基準の感度を低めにして高輝度のダイナミックレンジを稼ぐ拡張技術と相性が良い。消費電力の少なさなどのメリットもあって主流はCCDからCMOSに移った。

さて、昔よりもダイナミックレンジそのものは広がったが最終的にはモニターや紙の白から黒までの明暗幅しか表現できないんである(一般的なモニタなら256階調か)。よって画像データのトーン配分が重要になってくる。白飛びしづらくしたらそのぶん中間調や暗部の割り振りが減る訳だ。RAW現像の白飛び軽減のような処理をして丸めれば高輝度部のコントラストは落ち、キラキラ感(透明感)も失う。抜けが悪くなるといってもいい。だからもうこれらは完全に両立はできなくてどこかでバランスをとるしかない。

CCDのK10DからCMOSのK-7に換えた時にシャドーが重かったり色がべったりしているように感じる事があった。K-7になって高輝度側が粘るようになったぶんだけ低輝度の描写に皺寄せがいったため、シャドーの落ち込みがK10Dより早くなったんである。K-7でダイナミックレンジ拡張は使わないほうがいいっていう人はCCDやポジっぽい再現を好きな人が多そうだ。

どこかのブログで「K-5になってCCD機のような画が撮れるようになった」みたいな記事を読んだ記憶がある。ダイナミックレンジの増加で絵作りの自由度がK-7よりも上がったせいだろうか(K-7は低輝度の描写が弱い)。

CMOSであっても白飛びする前提でハードとソフト両面から調整したらCCDと透明感なんて変わらないでしょ、というのが個人的な結論なんだが実際のところどうなんでしょね。

 
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