曽田正人『め組の大吾』面白いけど読むのがツラい

タイトル通りの消防・レスキューものマンガ、ワイド版で全11巻。曽田正人の作品お薦めをあげろといわれたら確実に上位に入る。見所としては「自分の勘を信じて行動に移す主人公」。くだらない決まり事をぶち壊して最適と信じたルートを突き進む様にカタルシスを感じる人も多いだろう。

自分としても面白いマンガだと思ったのだが色々と読んでいてつらい部分も多く、冷静に読み返す事ができるようになるまで時間がかかった。面白い作品は何度でも読み返す自分としては異例の事だ。

『め組の大吾』に限らず曽田作品に一貫して描かれている天才系主人公まわりの描写はやはり秀逸だ。主人公の朝比奈大吾の思考回路や周囲の人々のドン引きっぷり…これらは作者本人の経験からきているのだと勝手に思っている。

そして、その天才関連描写が『め組の大吾』を読むのをキツく感じる部分なのだ。こちらのトラウマスイッチ押されまくりでイヤな記憶がフラッシュバックするから本気で辛い。

「気づいたのが・今できるのが自分しかいないんだから」とか「緊急事態だから遠慮している場合じゃない」とか…。そして、ヤバい事態になってフルパワーで行動できる快感とモラル的な後ろめたさ…。こういう感情に身のおぼえのある方は一読の価値あり。

 
スポンサーリンク

朝比奈大吾というキャラ

巻末おまけの『MAKING of め組の大吾』によると大吾のキャラ設定には苦労したらしい。知人のアドバイスにより特に何も持たない原石のような主人公として設定されていたそうだ。しかし、話が進んでいくうちに普通の才能という範疇ではなくなり、曽田マンガ主人公の王道パターンのサヴァン的な異能キャラへとなっていく。

読む人によっては物語後半の大吾は現実味のない荒唐無稽なスーパーヒーロー像に見えるかもしれない。自分としても普通に読み飛ばすぶんには違和感はないのだが、いざ文章に書こうとしたら大吾というキャラ像がうまくまとまらなくて困ってしまった。

高校時代の大吾が落ちこぼれで何もやりたい事がなくてぶらぶらしていたと劇中後半及び番外編『C組の大吾』で描かれている。消防官になってやっと「居場所」を見つけた人間がその「居場所」を守るために必要以上に頑張ってしまうという気持ちはすごく理解できる。

しかし、大吾のような明るくて天然でバイタリティに溢れる人物がなぜ誰にも認められずやりたい事も見つからない居場所のない人間なんて状況になっているのだ?

五味所長に救助された子供時代の火災体験は大吾の方向性を決めた大事な要因ではある。火災以来、価値観・死生観が普通の人とずれてしまって周囲となんとなく話が合わず浮いてしまったのかもしれない。

でも、それだけじゃなくて本当は子供の頃から何か片鱗を見せていなければおかしいし、何か絶対にやらかしてきているはずなのだ。そしてポンプ車特攻のとばっちりをくらった大野さんのように暴走の巻き添えになった人もいるだろう。

だから自分を抑えて縛りつけ、やりたい事もわからなくなってしまったと解釈できなくもない。出る杭は打たれる的な日本の社会での嫌なありがちパターンだ。

…とまあ、こんな感じで後から理屈で大吾というキャラ像を説明しようとするとどうにも難しい。

作者も大吾の化けっぷりに驚きながら描いていたそうだが、最初の大吾のキャラと後半の化けた後の大吾の擦り合せに苦労したんじゃなかろうか?何というか、本当に手探りで連載しながら掴んでいったキャラなんだろうなぁ。後の『昴』や『Capeta』が子供時代からスタートしているのは大吾の反省をふまえての事だと思う。

近藤さんについて

ネットで感想などを見ていたら、大吾が近藤さんを選ばなかった事に不満を持つ人が多いのに驚いた。だって劇中の描写を見ても一貫して近藤さんに惹かれてる気配ゼロだったじゃないですか。

近藤さんが健気でいい子だというのは置いといて、あくまで彼女は「スゴい人」「ヒーロー」の大吾を好きなんですよね。スイッチOFFの「ヒーローなんてやりたくねぇ」状態の大吾がそばに居てほしいと思う人ではない。

自分の才能に引け目を感じつつも、救命を辞めた自分に価値はないと思っている大吾にとって近藤さんの期待は少し重過ぎる。たぶん一緒にいたら精神的に追い詰められてくんじゃないかなぁ。

何も持たない頃から気にかけてくれていて、スーパーマンでない人間としての大吾という存在を受け入れてくれてたのは落合先生な訳です。大吾が自分が帰ってきていい場所と感じるのが落合先生になっちゃうのは当然ではないかと思うです。

 
スポンサーリンク

PAGE TOP
Do NOT follow this link or you will be banned from the site!